レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』河出書房新社

毛皮を着たヴィーナス (河出文庫)

毛皮を着たヴィーナス (河出文庫)

1871年発表。「マゾヒズム」という言葉は後の精神医学者エビングが本作の作者の名に因んで造ったものである。小説はあくまで虚構の世界を描いたものであるが、解説によるとマゾッホ自身も本作の主人公ゼヴェリーンと同じ性癖を持つ男性であったらしい。さらには本作の女主人公ワンダのモデルになった女性も彼の愛人たちや妻から生まれた半実在的存在であったようである。
作者の性癖と深く重なっていたからかも知れないが、本作からは情景や感情(愛、崇拝、憧憬、快楽、惑溺、嫉妬、憎悪、狂気)が限りなくリアルに押し寄せて来る。異常性癖として捉えられがちなマゾヒズムを個人の内面世界をひたすら緻密に描くことで芸術、或いは宗教の域にまで高めているのである。私は本作を読んで素直に「美しい」と感じた。無論、愛の在り方の1つとして、である。但し、私自身そのような性癖を持ち合わせていないのでゼヴェリーンと同じ快楽を感じることは出来ないだろうが。それを残念だとさえ思わせてしまうほど、本作は傑作だと思う。