アガサ・クリスティー『メソポタミヤの殺人』早川書房

メソポタミヤの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

メソポタミヤの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

1936年発表。クリスティーは中東を舞台にした長短編を数作書いているが、これはその代表作と言ってよいと思う。解説によると、1930年クリスティーは考古学者と結婚しその後中東へ赴く事が多かったとのことで、本作からは中東という土地そのものに対するクリスティーの愛情が窺える。潔癖症でオシャレな名探偵、ポアロが砂埃舞うイラクの発掘キャンプに出向いて何の文句も言わないからだ(私自身ポアロが不潔さに対して愚痴をこぼす事を期待していた為少々がっかりさせられた)。
美しく魅力的な女性が、それ故に殺害されてしまう。シチュエーション自体はこう書いてしまうとありがちに思えるが、中東という謎めいた土地柄、学者たちの学問に対する熱狂ぶり、発掘キャンプという特殊な環境、死んだ筈の先夫から届く脅迫状(結局彼女が先述の被害者となる)、それらがこの作品に独特のテイストを与え、またプロットも秀逸でかつ中東を知るクリスティーだからこそ書けたろう1冊だと思う。