ダシール・ハメット『マルタの鷹』早川書房

マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

1930年発表。ハードボイルド小説の金字塔的存在として広く知られている。ある男の尾行の依頼を遂行していく中で相棒を殺され、その後依頼人が尾行を頼んだ相手も殺される。そして、最初はその影すら見せなかった「マルタの鷹」の存在とそれを巡る争いが浮き彫りにされ、主人公の探偵サミュエル・スペイドは否応無く巻き込まれていくことになる。
黄金の鷹を巡る殺人、計略。読んでいると、スペイドは結局鷹にも殺人にもさしたる興味を示していないのを感じる。感じられるのは、どんな事態に陥ろうと自分の美学、信念を貫くことを唯一の信条にしている一人の男、だ。そして、推理小説によくあるように探偵が複雑な推理を展開して犯人を追い詰める、といった場面は無いに等しい。あらゆる局面を如何にスペイドが格好良く立ち回るか、作者の焦点は常にそこに置かれている。つまり、これは探偵小説ではあるけれども推理小説ではなく、スペイド(のある種の非情さ)に惚れる為の小説なのだ。ハヤカワ・ミステリ文庫から刊行されていながら推理小説としてよりハードボイルド小説としての評価が高い理由が読んでみて分かった。