梨木香歩『家守綺譚』新潮文庫

家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

2004年発刊の文庫化。『西の魔女が死んだ』で有名な梨木香歩のこれもまた有名な作品。人に薦められて手に取った。存命の日本人作家の小説は滅多に読まない。何処か斜に構えたイメージが私の中にあるからだ。今回も特に期待せずに読んだが、なかなかのものだった。
主人公の綿貫は文筆家で、湖で行方不明になった友人の家の番をしている。ある日、床の間の掛け軸を通ってその友人、高堂がやって来て庭にあるサルスベリが綿貫に心を寄せていると言う。綿貫は木に支えをしてやったり、詩を読んでやったりする。庭にある植物、動物、そして掛け軸からやって来る友人。その全てに、最初は戸惑っていた綿貫も自然と馴染んでいく。植物やあやかし、魂魄と語り合う男はそれが当然であるかのように日々を生きている。そして、この本のラスト数行に物語の全てが集約される。
この本の根底にあるのは自然との対話、生命そのものとの触れ合い。そしてノスタルジー。ただ、他の同様の作品との違いを感じたのは、本作は読んでいて温かい気持ちになるとかそういう類のものではなく、一人の人間が日々を生きる、その様をぼんやりと眺めているような、自分自身が「自然」であるような気持ちにさせてくれる点だった。ところで、読んでいる途中で気付いたのだが、この物語で描かれている場所は私が生まれ育った所だ。土地の名前、山の名前、全て幼少時の記憶にある。私にとってこの作品は、特別なものになった。